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秘本衆道会
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「元祖ゲイ=弘法大師」説

 「男色の戯れは弘法以来のことなり」という。「弘法」とは弘法大使、つまり、空海がゲイの元祖だというのだ。


 空海ファン(?)が聞いたら怒り出すかもしれないが、江戸の儒学者で本草学者だった貝原益軒がいったことだ。


 空海は八百四年、中国(唐)に留学し、その二年後に新しい仏教である密教を引っさげて帰国した。このとき、日本になかった新しいゲイ・カルチャーまで持ち帰ったということらしい。


 当時の唐の都長安では、ゲイ風俗が大流行しており、男娼もたくさんいた。日本から唐に渡った空海ら留学僧たちは、これこそ最先端のカルチャーだと感激して、こぞってゲイ・ボーイと遊んだのであろう。




以上は、先日ちょっと文句を付けた(そして次回以降のイベントで、その内容を批判しまくる本を頒布する予定の)『BL新日本史』から引用したものです。


ここに書いてあるのは、『BL新日本史』著者の完全な想像であり、実際に空海がそのような「遊び」になずんでいたのかどうかは不明です。


しかし、これと同様の想像をする人間は、江戸時代にも大勢いました。


詳しい事については、弘法大師と衆道 という素晴らしいサイト様をご参照されたし。

「日本における衆道の歴史は、弘法大師によって開かれた!」という旨の文章IN浮世草紙が、ものすごい勢いで蒐集されています。



重ねて強調しますが、「元祖ゲイ=空海」説は……


「俗説」であって「史実」ではありません!




昔の戯作者たちは、これをさも「知ってて当然の常識」であるかのごとく語っていました(もっとも、内心ではどのくらい信じていたのかは分かりませんが)。

一方で、そういう説の流布を苦々しく思う人もまた、江戸期にゃ存在しました。


例えば明和の頃(1770年前後)に書かれた、『艶道俗説弁』という書があります。


タイトルの通り、セックスに関する「俗説」や「迷信」を大量に集め、その真偽をいちいち論考していくことが目的の一冊です。


その中においても、「衆道ハ弘法より始るといふ説」は、弓削道鏡の巨根説などと並んで疑問視されています。




もうひとつ。

鹿児島地方に伝わるという秘本に、『弘法大師一巻之書』ってのがあります。

いつ頃に成立したものなのかは分かりませんが、とにかくその前書きでは、



これは、弘法大師の霊がとある薩摩人に伝えた、「衆道」の極意書である!



という由来が堂々と誇示されています。


この時点ですでに色々と怪しいのですが、とにかく本文より数行ほど引用してみます。




一、児の人指より小指まで四つ取るは、数ならねどもそなたのことのみ明け暮れ案じくらすという心なり。


一、その時児二歳の大指を一つ残してみな取るは数ならぬ私へ御執心辱く存じ奉り御志のほど承らんという心なり


一、児の人指、中指二つとるは、御噺申し上げたしという心なり




以上はおそらく、今で言うところの「手話」みたいなものなのでしょう。

夜の寝室内では、ショタ相手に直接言葉をかけず、このようなまわりくどい方法で意思を伝えるのが「作法」だったんじゃないかと。





続けて、やはり成立年代不明の『弘児聖教秘伝』なる本からの引用をご覧いただきます。




第一。

頭指、中指二つ取らば只今会はんと思ふ心なり。

中指は願、頭指は力の指と云ふ、願力なり。

また中指を忍といひ、頭指を進と云ふ。
是れ二つ忍び進むといふ心なり。また中指を火といひ、頭指を風と云ふ。火風縁として吉凶なり。


第二。

大指、小指、二つ取るは口吸はんと思ふ心なり。その故は大小対するが故に斯く心得べし。


第三。

無名指、大指、二つ取るは戒を破る心なり。
その故は無名指を戒と名づく。さて戒を空しくする故に戒を破ると心得べきなり。





はい、先に紹介した『一巻之書』とすごくよく似てますね?


ちなみに『弘児聖教秘伝』のオリジナルはすでに失われましたが、写本ならかろうじて比叡山の書庫に眠っています。

で、その原作者として伝えられているのは、空海ではなくて……



源信大師(942~1017)という人です。



どちらかがどちらかをパクったのか。

それとも、これら二書の元ネタとなった別の「奥義書」が存在するのか……


そのあたりの事情は未だはっきりしませんが、とにかく、それぞれの出自は実に胡散臭い!


で、そんな『弘法大師一巻之書』の性質を、南方熊楠先生が評していわく、



「こんな物は大抵十の八まで相似たものに御座候。実際のことにさしたる関係あるにあらず。ほんの戯作に候」



だ、そうで。

つまり、平安時代の名僧知識たちとは縁もゆかりも全く持たない何者かが、自分の書いたものに「権威(ありがたみ)」を付加すべく、そういう歴史上の有名人の名前を勝手に拝借しただけなんじゃないか説。






多分みなさんのお住まいの地域にも、弘法大師が登場する古い伝承のひとつやふたつ、きっと存在していることと思います。

例を挙げるなら……


「大師が杖を地に刺すと、その下から清水が湧き出してきた」


とか、


「大師が地に刺した杖が、そのまま成長して見事な桜の樹になった」


とか。




そういう弘法伝説をまとめたサイト・「弘法水の部屋」 様が説明することにゃ、



弘法大師にまつわる伝説は全国に5000以上,水関係だけで1600以上あります



もちろん、いかに大師が当時としては長生きの部類だったからと言って、生涯中にそれだけ多くの場所を巡ることなどできません。


また、弘法以外に「清水伝説」の由来とされた人物としては、安倍清明や歴代天皇、蓮如上人などがあるとの由。






そんなわけで、「いともたやすく行われる嘘っぽい仮託」は、本朝史上とりわけ珍しい現象ではないんだよ! という一幕でした。



最後にもう一度だけ叫ばせていただきますが、



男色の起源を空海に求める説は、想像(妄想)の産物です!



平安時代、「寺稚児への悪戯」が流行していたことは事実です。

でも、その流行の発信源が空海その人であるとまで断言するには、証拠が足りなすぎます。



どんな分野であれ、「何度も何度も耳にする説」イコール「真実」だと頭から信じこんでしまうのは危険です。

もし、ある程度真面目に男色史を調べてみようという向きがいらっしゃったら……素人の老婆心ながら、ちょいと忠告させていただきたく。


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by hihonsyudo | 2010-02-04 21:10 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)
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