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秘本衆道会
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京都・ショタコン的名刹行脚

えー、ついこないだ京都観光に行ってきたわけですが、今さらながら何処を回ってきたかについて報告などを。


っつっても、だいたい古いお寺ばっかり拝観してきたわけですが……そこは当方のこと!

巡るルートにもそれなりのテーマがありました。


すなわち「古典において、衆道的な名シーンの舞台となった場所」ばっかりを攻めてきたわけですよムヒャホヒー。

もちろん、今もなお各寺に「そういう風習」が残っているわけじゃありませんし、それぞれの敷地内にゃ園庭とか襖絵とか仏像とか素晴らしい見所も他にたくさんありますです。


しかし弊ブログ的には、そんな美術史的な見地は二の次です。

現地の門をくぐりながら「ああ、数百年前のここでは、いたいけな少年と僧侶たちがラヴをメイクしておったのだなあ……」なんて不埒な想像を展開することこそ重点!


と、現在の仏教界にとってはいささか失礼な動機からの行脚となったものの、まあ……

京という地にゃ実際、稚児愛あふれる記録・説話・伝説・物語の類が山ほど残ってるんだから仕方ない!



つーわけで以下、具体的なショタ名所の紹介などを。

ちなみに画像は全てケータイ写真!

ゆえに画質はアレですが、どうぞご容赦を。






まずは、



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地下鉄醍醐駅!

謎のゆるキャラポスター!

で、ここで降りたってことは……



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目的地はここ、醍醐寺三宝院ですね当然。

ちょうど、修行僧たちが法会に向かうために行列を成しているところをパシャリ。


えーと、ここにはですね、鎌倉時代のBL絵巻物(通称『稚児草紙』)が秘蔵されてるんですよ。

が、残念ながら一般公開はされておらず、そんじょそこらの好事家が訪ねて行ったところでおいそれと拝見することはできません。

これまでも、岩田準一をはじめ幾人もの研究者が実物を観せてくれるよう打診してきたそうですが、その狭くて重い門を開かせることは、なかなかできませんでした。

例外としては三島由紀夫がいて、彼はある財産家のコネを得ることで三宝院の秘密に触れることに成功します。

でもってその時の経験は、小説『禁色』の執筆に役立てられていたり。

ちなみに、『禁食』本文中での『稚児草紙』評は、



素朴なあけすけな詞書につづいてあらわれる男色絵は、ほほえましい稚拙な肉感を湛えていた


と、こんな感じ。

そういうことを言われると、是が非でも自分の眼で見たくなるぜちくしょー!と思われる方も多いでしょうが、幸いにして現代には「グーグル」という最終兵器があります。

そちらで検索すれば、醍醐寺本をさらに筆写したヴァージョンとおぼしき画像をいくつか拾うことができるでしょう。




次。

『けいおん!』聖地である出町柳(第1シリーズOPに出てくる飛び石とか、本編中の通学路とかのロケハン元)から、叡山電鉄に乗って北上すること約30分……




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アイエエエエ!


天狗の国!


すなわち鞍馬山の麓でございます。

ヤング源義経が、天狗から剣術を習った……っつー伝説でお馴染みの魔境ですね。


で、そこから鞍馬寺の門をくぐり、険しい山道を徒歩で進むことさらに30分で……





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はい、不動堂に着きました。

この日はちょうどロープウェーが点検中だったり、雨が降ったせいで道がぬかるんでたりで、いやー実に辛い山岳修行でありました……


とまれ、ここは謡曲『鞍馬天狗』にまつわる伝説が残る地です。

その劇中においては、鞍馬山を治める大天狗が少年期の義経と出会い、こんなことをつぶやくシーンがあります。



人に一夜を馴れそめて、後如何ならんうちつけに、心空に楢柴の、馴れはまさらで恋のまさらん悔しさよ



意訳しますと、


「例え一夜を共に過ごした仲となっても、その後もまたネンゴロな関係が続くとは限らない。そのことは良く分かっているつもりだが、それでもなお! このあふれ出る恋心は止められねえ!」


って感じですかね。

つまり、強力無比なる妖怪の親玉が、年端もいかぬショタっ子に一目ぼれして胸をキュンキュンさせちゃってるわけですよ。


はあ、能の世界はパねえっす!







楽しい時間は矢のごとく過ぎる。

京都に滞在できる時間もあと僅か、という状況で、当方が最後に選んだ訪問先は……



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仁和寺!


ここは凄いですよ。

もうね、「僧侶×稚児」ストーリーの宝庫!

個人的にゃ「中世衆道の聖地」だと思っております。


まず、「仁和寺」という固有名詞が出てくる古典文学の中で、最も有名な作品は『徒然草』でありましょう。

第五十二段・第五十三段・第五十四段と、連続して仁和寺にまつわるボンズたちの失敗談が語られるわけですが、そのうち第五十四段の書き出しは、


御室にいみじき児のありけるを、いかで誘ひ出して遊ばんと企む法師どもありて……


「御室(おむろ)」とは、仁和寺の別名です。

つまり、そこに仕えている美少年がロックオンされたことがきっかけで、ちょっとした滑稽譚が始まってしまうわけですね。



また『古今著聞集』の第三百二十三段には、やはり仁和寺を代表する「覚性」という高僧が、その浮気グセのためにふたりの稚児を振り回すエピソードが載っています。

で、さらに後世になると、その説話をもとに、『三河千手』という謡曲が作られたり(ただし現在は廃曲。残念!)。



さらにさらに!

一部で『肉欲ホモ日記』として名高い頼長卿の『台記』でも、康治元年(1142)の3月4日条にゃこんな記述が……



今日、仁和寺の宮童二人、龍王二郎と納尊七郎が舞ふ。抑(そもそも)、二郎なる者、光時の子也。美貌を以て寵有と云々



当時の寺にゃだいたい稚児が囲われていて、しかも色んな意味での「奉仕」を強いられていたわけですが、仁和寺のそれは「美貌」で知られていたようですね。




えー、以上を持ちまして2012年の京都遊行は終了とあいなりました。


しかし洛中に残る稚児スポットは、当然これだけではないはず。

きっと調べれば調べるほどに、多くの名所を見つけることができるでしょうなあ……

すなわち千年都市・京都の魅力は、決して一度や二度の遊行で味わい尽くせるものではない!


ほんと、今回の古刹巡りは楽しかった!

だからこれからも懸命にカネを貯め、ヒマを作り、そのうちまた上洛を決めてやらああああああ!



と、意気込みを新たにしたところで、本日はこれまで。



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by hihonsyudo | 2012-04-03 22:28 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)
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