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江戸時代には、「講釈師」という職業がありました。
「講釈師、見てきたような嘘をつき」ということわざに出てくる、それです。
『平家物語』などの軍記物を中心に、様々な面白ストーリーを大衆に語って聞かせるのが主な仕事だったのですが、フィクションの英雄譚ばかりを得意としていたわけではなく、中には時事ネタ・社会風刺トークなどを喋る講釈師もいました。
そうした批評系話芸の有名人としては、かの平賀源内もリスペクトした深井志道軒が挙げられます。
源内は彼を(勝手に)主役に据えた『風流志道軒伝』というファンタジー小説を書いているのですが、その序文に曰く……
志道軒といへる大たはけあり。浮世の人を馬鹿にするがの不二のよりも、其名高きは誠にたはけの親玉となんいふべし
「人を馬鹿にすることにかけては不二(並ぶものがいない)」と、「駿河の富士」とが掛詞になってる愉快な文章です。
で、この場合の「たはけ」は決して非難の言葉ではなく、むしろ2ちゃんねるで「マジキチwww」とか言う場合と同様の、逆説的な褒め言葉でありましょう。
と、ここまで書いておいて何ですが、本記事の主役は志道軒ではありません。
彼とほぼ同時期に活躍し、方向性も似たものでありながら、他の講釈師たちとは一線を画すほどヤバい芸風を武器としたていた馬場文耕という人物について……これより一席!
文耕の没年は、宝暦8年(1758)です。享年については資料によってバラつきがあり、41歳とも44歳とも言われております。
ずいぶんと早い死のように思われますが、これは病気などのせいではなく、あんまりにもヤバいパンフレットを書いたせいで
逮捕→死罪
のコンボを喰らったからです。
皆様ご存知の通り、当時の庶民には「言論の自由」と云うものがほとんど許されていませんでした。
ゆえに、ちょっとでもエロかったり武家に批判的だったりする内容を本に書けば、すぐ奉行所に引っ立てられました。
が、そのような状況下でなお、反骨の文耕は『当代百化物』というタイトルの本を世に広めてしまいます。
その『当代百化物』の具体的内容ですが、ほとんど「ゴシップ」と「悪口」で出来上がってます。
序文にいわく、
人にしてひとを化かすものを取あつめて、数は百にはたらねども、題号として爰(ここ)にしるす廼巳(のみ)。
とのことで、本文中で俎上に乗せられる人物は多種多様におよび、例えば「女郎から着物を騙し取った俳諧師」、「紙質の悪い商品を扱う紙屋」などが、忌憚なき癇癪をぶつけられたあげくに「化物」呼ばわりされています。
先に紹介した志道軒もそのひとりで、とにかくまあ……
「取にたらず。此坊主、何の賞する処かあらん」
だとか、
「不届の外道」
だとか、
「にくむべきの大化物也。何とぞして大丈夫の士、退治して給われかし」
だとか、言い放題!
同業の対抗意識もあってか、こりゃ源内の場合と違い、マジで憎悪をスパークさせてるっぽいです。
さて。
斯様に毒舌・毒筆の文耕先生ですが、その矛先が庶民のみに向いているのであれば、お上も必要以上に怒るこたぁなかったのでしょうが……
彼は同じ調子で、当時の江戸南町奉行を
「江戸をたぶらかさんと近年顕われ出し」
と馬鹿にし、それどころか越後国・新発田藩の主である溝口直温すら「衆道変じて女道の化物」と呼びます。
すなわち……
「直温が(性的な意味で)可愛がっていた歌舞伎役者が病死した後、今度はその未亡人にまで手を出した」
という噂をネタに、猛然と攻撃を仕掛けてしているのです。
で、いくら斯様に浮気性で、しかも芝居と役者(当時は賤しい仕事だとされていた)もアレな意味で大好きな人物だったからって、天下の大名を
「其職に居て外を勤る者をこそ、ばけものと謂ひつべし」
とまで断言してしまっては……
当時の法に照らして、そりゃ厳罰に処されるのもしかたないですわなウヒー!
そんなこんなで。
社会的ルールよりも個人的な「好悪の情」をこそ優先させ、吐き出したいことをスッキリと吐き出しまくった末に獄門となった文耕先生。
その特異なキャラクター性について、どのような感想を抱くかは読者によって様々だと思います。
しかし少なくとも、当方は彼の「やりたい放題」イズムに深く敬意を表するものです
志道軒に対する評など、「ただの私怨じゃね?」と思うような文章もないわけではないのですが、その癇癪の赴く先は身分の賤しきも貴きも関係なく、誰にでも平等に炸裂していました。
かくなる「ブレない」態度は、実にカッコいいよなあ……と。
ああ文耕先生、もし一応の「言論の自由」がある現代に生まれていたなら、どんな形で活躍していたことか……
きっとツイッターとかでウザい文句を垂れ流しつつも、そのエクストリームな語り口で一部に大人気な評論家になってたんじゃないかな?
なぁんて無為に夢想してしまう、春の夜なのでございます。
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