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秘本衆道会
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大河ドラマ『天地人』始まりましたね

なんて、超今更な話題ですが。



「上杉謙信×直江兼続」というカップリングは、江戸時代の頃から人気です。

衆道関係の本が歴史上代表的なカップリングの例を説明する際には、「熊谷直実×平敦盛」や「織田信長×森蘭丸」などと並んでよく引き合いに出されます。



生涯不犯を天に誓った軍神様ですら、心惑わせずにはいられなかった美少年!

兼続が生涯のシンボルとした「愛」の一文字は、いったい誰に捧げられたものだったのか?



なぁんてシチュエーションは、いかにも腐った人種が好みとするところ。



ですが。

それが果たして「歴史的事実」であったかどうかと言えば……





上杉謙信と直江兼続とは「衆道」の関係に非ず


ちょっとネット上で検索するだけでも、上記のような歴史学者の意見があったり。



また、耽美文学の大御所がまとめた『美少年日本史』 なる本があるのですが、そこでも



直江兼続という人が謙信の寵童だと昔から言われているのですが、私はまだ決定的な文献に遭遇しておりません。



とのこと。


さらに皆様ご存知の大碩学たる南方熊楠先生が、衆道研究家の岩田準一に答えていわく、



貴状に直江は謙信に寵せられたごとく見ゆるも、直江は景勝に寵幸されたるに候。謙信存生のころは直江は小児たりしことと存じ候。『藩翰譜』の上杉譜など見れば明らかに知れ申し候。



だ、そうで。

いやいや『小児』だったからこそ『寵せられた』んじゃないの?という疑惑もありますが、残念ながらそもそも兼続が謙信に仕えたという事実自体がないらしいのです。

上文は河出文庫『南方熊楠コレクションⅢ 浄のセクソロジー』から引用したのですが、同書の注釈によれば



岩田が、直江が謙信に仕えたとしたのは、福本日南『直江山城守』による誤りだが、昭和初期の当時はもとよりごく最近に至るまで、多くの辞典類が「謙信景勝二人に仕えた」としている。



よって、「謙信×兼続」のカップリングは妄想の産物に過ぎない!ってのが結論のようですね。

ふう。



しかし逆に言えば、妄想の世界じゃ何でもアリアリ!ってことでもあります。

最近流行の某無双シリーズや某BASARAなんか、戦国時代愛好家のがプレイしようものなら卒倒しかねない内容で、2ちゃんねるの戦国板あたりでも嫌っている人が多いようですが……

今回の記事において最初にリンクした歴史学者さんのブログでは、妄想カップルを史学的に否定する一方で、以下のようなありがたいお言葉も残してくれています。



なお小説の類は、兼続と謙信との間が「衆道」の関係があったとなっているが、これは文学の世界における創作なのであるから全く問題とならない。



「小説の類」は、そのまま「やおい同人誌の類」と言い換えても全く問題ありますまい。

そう、妄想の翼が飛ぶ高度に限界は無し!


秘本衆道会では、いわゆる「ヒモノ」のジャンルを全力で応援しております!

全国の「謙信×兼続」を愛する腐女子・腐男子の皆様におかれましては、どうぞ心のおもむくままに活動して下されんことを!


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by hihonsyudo | 2009-02-08 22:13 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)