「ほっ」と。キャンペーン
ブログトップ
秘本衆道会
hihonsyudo.exblog.jp
<   2010年 01月 ( 2 )   > この月の画像一覧
今年のセンター試験

古文の問題として、『恋路ゆかしき大将』が取り上げられたそうですね。


むひょひょひょひょ。


[PR]
by hihonsyudo | 2010-01-21 22:01 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)
大正時代の怒れる男
 

 2010年あけましておめでとうございます。

 エロ古典愛好者の皆様におかれては、どうぞ今年も弊サークルをご贔屓に!




 さて、みなさんのお正月はどんな感じだったでしょうか。

 きっと家族・恋人・友人などと一緒に、それはそれは楽しい時間を過ごされたこととお慶び申し上げます。


 ちなみに当方はと言いますと……






 孤独にニコニコ動画を巡ったり古本パラパラめくってるうちに三日三晩が過ぎ去ってしまいましたヌハハハ。






 さて。

 「2ちゃんねる」をつれづれ閲覧していると、たまに以下のような定型文(いわゆるコピペ)を目にする事があります。








アマテラスは引きこもり

紫式部は腐女子

清少納言はブログ女

紀貫之はネカマ

かぐや姫はツンデレ

聖武天皇は収集ヲタで正倉院はヲタ部屋

後白河法皇は最新流行の追っかけ

秀吉はコスプレじじぃ

狂言は第一次お笑いブーム

鎌倉末期は新興宗教ブーム

戦国の茶道は萌え喫茶ブーム

江戸期に入るとエロパロ二次創作がこれでもかってぐらい溢れかえっている。

事の良し悪しは置いといて、日本人は伝統的に変態遺伝子を受け継いでいるのは事実だ。

外国人から指摘されたとしても悪びれる必要はない。

堂々と千年変態だと答えればいい。









 いささかこじつけめいているので、当方自身はこのコピペがあまり好きではありません。

 森羅万象なんでもかんでも安易な「萌え」に結びつけようとするアキバ的流行にゃ、なんとも言えぬ気味の悪さを感じる今日この頃。




 しかし一方で「堂々と千年変態だと答えればいい」という言葉の力強さに、少なからぬ感動を覚えてしまったこともまず事実。

 そしてまた、このコピペの作者が、どうしてこういう文を書きたくなったのか、その心情もある程度理解できるような気がします。




 そう。

 我々が学校で習ってきた古式ゆかしい文化・文学など、ちょっと見方を変えればすぐに「変態的」なる正体をあらわす。

 それが現在のコミケカルチャーと完全相似をなすかどうかはさておき、PTAの皆様が目くじらを立てる「有害図書」と通底するサムシングを孕んでいるのは間違いの無いところ。




 で。

 上記のような論は、いかにも全ての価値観が相対化された21世紀という時代特有のものっぽいですが……

 全く同じようなことを、100年前の時点ですでに喝破していた人物がいます。





 その名は石川厳


 近代における井原西鶴研究の第一人者として、輝かしい業績を残した碩学です。




 では、彼が編んだ『江戸時代文芸資料 第四巻』(大正5年)の前書き部分から、その熱き叫びを拾い上げてみましょう。


 (旧字は現行の漢字に改めてあります)











「由来西鶴本及び其他の好色本は、風教に害ありとして、其筋の忌諱に触れて、屡(しばしば)発行禁止の厄を蒙って居るが、果してそれ程までにして騒ぐ必要あるか否かは疑問である。おなじく風教に害ありとして、公平の眼を以て判断する時は、かの源氏物語古今著聞集の一部分、若しは大和物語等の古典にも、同じく発売禁止すべき値打は十分あると思ふ。

 殊に源氏物語は不倫の恋愛を描いて、貴族生活の退廃した裏面を暴露した淫猥極まる書である。ただその用語が古雅で而も綺麗に上品に出来て居るのみで、その描かれたる思想の如きは、江戸時代特産の好色本以上に危険な分子が多く含まれて居るではないか。一は貴族文学なるが故に、発行を許され居るのみならず、神聖なる学校の教壇にまで祭り上げられて居る。然るに西鶴一派の好色本は平民の恋愛生活を描いたが為め発売を禁止し、又は公然之を読むことさへ禁じられて居るのは、不合理極まる話ではなからうか。」













 はい、まったくもって正論すぎますね!




 彼が生きた戦前の頃は、とにかく「言論の自由」が不足しており、例えば『末摘花』や『壇ノ浦夜合戦記』みたいな楽しくてエロい古典は、軒並み禁書として扱われていました。

 今でこそ大文豪の誉れ高き西鶴すらも、当時のお上からは「低俗なもの」として扱われていたのです。

 そんな風潮にありながら、あえて憤然と上記のような反論を書き、さらに官憲どもの無粋な検閲に対して






「徒に権力を弄して、学者の研究を不自由ならしむるは不当の処置であり、我が国の文明の恥辱である。」






 とまでブチ切れた石川先生は、本当に素晴らしい知性だと思います。

 もうね、「硬骨漢」って言葉はこの人のためにあると言っても過言ではない!






 対して、現代における古典文学シーンや如何に?




 私見を申しますと……残念ながら、石川先生が憂えたような状況はまるで変わっちゃいないと思います。

 確かに今や、西鶴筆の好色草紙は全国どこの図書館でも自由に読めるようになりました。

 でもそれは、時代の移り変わりにより、西鶴が紫式部と同等の「権威」として祭り上げられるようになったからでしょう。

 決して、文科省の官僚が「あー、日本文学の真髄っつったらエロだろエロ!」という思想に目覚めたからではない。

 まして日本国民のほとんどは、そもそも『源氏物語』も『好色一代男』も読んだことがなく、しこうして「古典の変態性」に気づいていないのが実情ではないんじゃないかと。




 だから、同じ間違いは何度も繰り返される。

 大文豪様の筆による『男色大鑑』はスルッと見逃される一方、
BL本はすぐに槍玉に挙げられたりする


 同じことを書いていても、古ければOK!で、新しければダメゼッタイ!とか……




 くだらん世の中ですよ、ほんと。

 進歩のない人間ばかりが集まって、進歩のない国を作ってやがる。

 事あるごとに「最近の若者は本を読まなくなって云々……」だの「ゆとり教育の弊害で学力低下がどーしたこーした」だの抜かす年寄りどもの内に、いったい石川先生ほどの見識と気概を持つ者がどれだけいるのか?




 が、愚痴っていてばかりでは何も変わりはせぬ。


 不肖当方、智恵も知識も足りぬ凡骨の親玉ではありますが……

 せいぜい浮世の悪弊に流されぬよう、今年も力の限りに読んで、調べて、そして「低俗」な同人誌をドカドカ発行していく所存也。






 願わくばご声援あれ!


[PR]
by hihonsyudo | 2010-01-03 19:50 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)