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秘本衆道会
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コード・サガ ~反逆のハッピーエンド~

室町期に成立した「稚児物語」のタイトルとストーリーを、つらつら、いくつか、紹介していきます。





・『秋夜長物語』

 おそらく、室町ショタ本のうち最も有名な作品。
 僧侶と美少年の恋物語。
 ある美少年の身柄をめぐり、寺と寺、坊主と坊主が抗争する!
 ついでに天狗だの竜神だの、人外の輩も大暴れ!
 で、自分が騒乱の元凶となってしまったことを嘆いた美少年は、自害して果てる

 (ちなみに美少年の正体は観音の化身であり、僧たちの心を惑わしたことにも理由があったということが最後に明かされるのですが、あまりにも超展開すぎるのでここでは略)





・『松帆浦物語』

 僧侶と美少年の恋物語。
 しかし、そのラブラブっぷりに嫉妬した左大将(もちろん、こいつもショタコン)という権力者の姦策により、ふたりは遠く引き離されてしまう。
 美少年は知恵と勇気を振り絞って都を抜け出し、淡路へ流刑された僧侶のもとへ向かう。
 しかし辿り着いた頃には時すでに遅し。
 僧侶は、心労により病を得て、死んでしまっていた。





・『幻夢物語』

 僧侶と美少年(以下略)。
 主人公の僧は一目ぼれした美少年のもとを訪れ、楽しい一時を過ごす。
 しかし、その美少年はすでに死んでおり、彼の前に現れたのは幽霊であった。


(これまた、「もしかして美少年は文殊菩薩の化身だったんじゃないか?」というとってつけたような可能性が示唆されて終わる)





・『弁の草紙』

 僧(以下略)。
 想いを寄せていた美少年と契った嬉しさのあまり、僧侶は浮かれすぎて死ぬ
 美少年の方も、せっかく両思いになれた相手の急逝を知って欝状態になり、後を追うかのように病死する









ふう。




おいおい……

いくらなんでも、こいつぁ……




欝エンド多すぎ!






室町時代のショタものとしては、他にも『鳥部山物語』とか『あしびき』とか、あと能の脚本として書かれた『花丸』なんかがあるものの……


もうね、ほとんど全部の恋が、悲恋で終わるんですよ。


ついでに言えば、主人公は坊主オア公家の二択。
で、死に別れたカップルのうち、生き残ったほうは哀しみ背負って仏道修行に専心するようになるというのも……

鉄板的お約束!



どうにも当時のショタコン界にゃ、「絶対ハッピーエンドなんか認めねえぞオラ!」という意固地な空気があった模様。
その理由として、岩田準一をはじめとするショタ研究者たちの多くは、いわゆる「仏教的無常観」の影響を挙げています。
どんなに美しい花であっても、散る時は一瞬で儚く消えていくんだぜ?っていう。




漱石の『我輩は猫である』がベストセラーになれば、模造品が大量に出回る


いわゆる「葉鍵系」のエロゲーが売れれば、メーカーこぞって「泣きゲー」を作り始める。



およそ日本という国は、はるか昔より、長いものにゃ巻かれまくる伝統があるようですなあ。



が。
そんな仏教説話的バッドエンド全盛の室町時代にあって、ほぼ唯一!
愛し合うカップルに、幸せな結末を用意してあげた話が存在します。


その名を呼んで、『嵯峨物語』!


よんどころない事情により長い間はなればなれになっていた貴族カップルが、最終的にヨリを戻してイチャイチャするという筋立て。
しかも、両者とも病気や戦乱などのアクシデントに最後まで遭うことなく、とにかくまあ幸せいっぱいのまま終わるのです。



室町ショタ本がこぞって倣う「結末」は、はっきり言って予定調和すぎます。
現代のBL本を読み慣れた方々からすれば、きっと、どれもこれも実に安っぽいストーリーに見えてしまうことでしょう。
室町期イコール、いわゆる「へぼん」の時代だった……と言っても構わないんじゃないかと。



で、まあ。
『嵯峨物語』もまた、実に単純で素直すぎるエンディングだと言われれば、そりゃ首肯しないわけにはいかないものの……

それでも当方は、『嵯峨』の作者を評価したい。


右も左も「黒!」の一色に染まっている風潮にあって、「いや、別に白でも良くね?」とばかり、自分の書きたいものを書く。
それは、大変に価値ある選択だと思うのです。


そんなフリーダムさと反骨心あふれる精神は、創作の場のみならず人生の様々な局面で見習っていきたいものです。






と、なんとなく深イイ話として落とそうと思ったんですが、ここで残念なことを思い出しちまいました。


これまで『嵯峨物語』は室町後期に成立したと考えられていましたが、最近になって、



「実は江戸時代に書かれた、経歴詐称本」説



が、出てきてるらしいんですよねえ……
なんでも、使われている語彙や文章に、江戸期の男色本の影響が見られるとかなんとか。


ノット叡智の学者、バットただの古典オタたる当方に、その説の妥当性を検討する能力はありません。
ただ、極めて個人的で身勝手な希望を述べれば、やっぱり『嵯峨』すなわち室町時代の「反逆児」であってほしいなあ……っと。



専門家の皆様による、さらなる検証が待たれるところです。









(2012年5月・追記)
と、上記にような記事を書いたところ……
奈良漬先生より以下のようなコメントを頂戴しました。


室町時代の男色物はおっしゃる通り類型的ですよね。
その中で『嵯峨物語』は確かに際立った存在感をみせてます。

当時は今みたいにたくさん本を読める環境ではなかったから、他の作品と読み比べて、あれこれ批評することはなかったのでしょう。
できるような人は極めて少なかっただろうし、そもそも著者は名を明かしません。
近世みたいに営利目的で書くわけではないから、独創性を指向したり著作権を気にすることもありません。
だからパクリでもなんでもかまわず、良かれと思うストーリーを組み立てていったんじゃないかと思います。
それが現実世界における悲劇で終わるのは、従来から言われるように、無常観の表れでもあるでしょう。
当時の恋愛物語の結末は子だくさんで末繁昌となるか、失恋やパートナーの死によって出家遁世となるかにおよそ決まってます。
男色の場合、前者はあり得ないので、必然的に後者に収まるようなストーリー展開に向かうことになったのかも知れませんね。
ただそうなると、仏の道に近づくことになるから、仏教的世界観からすれば、必ずしもバッドエンドということにはならないだろうと考えています。


なるほどー。
「何をもって『バッドエンド』とするか?」の価値観は、大昔と現代とでは当然違うわけで、「古典」を語る時はそのあたりの差異についても気をつけねば……と思ったことでありました。



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by hihonsyudo | 2010-05-26 22:58 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)