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秘本衆道会
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緊縛マニアック

警察機関が犯罪者を逮捕した際、まず最初にやるべきことと言えば?

そう、言うまでもなく「拘束」ですね。
せっかく捕まえたのに、スルッと逃げられてしまったら素も子もありません。

今なら警察謹製の手錠をカシャッとハメて一丁上がり!ってなもんですが、江戸時代の頃はそんな便利なアイテムはなかったもんで、同心・岡っ引きたちはわざわざ縄で下手人を縛り上げる必要がありました。
暴れる狼藉者を無理矢理おさえつけ、「神妙にしろィ!」などと怒鳴りつつ縄でグルグル巻きに……まあ、時代劇などでも御馴染みの情景でありますね。

お芝居の中なら、とにかく見た目にキッチリと縛ってあれば誰も文句は言いません。
しかし、実際にはどうだったか?


実は、縛り方ひとつとっても色々と面倒なルールがあったのです。


当時の捕り物について解説しているこのサイト様によりますと、



>捕縄は二種類あり早縄でとりあえず拘束し本縄で本格的に縄をかけた。縄のかけ方は捕縄術で規定され身分や性別によって異なり稚児縄、女縄、破戒縄、禰宜縄や武士の牢屋の揚屋へ入れる場合は揚縄、死罪相当の者は切縄など40種類ほどある。



だ、そうで。

おいおい縄なんざしょせん犯罪者を拘束するための道具、とにかく相手の自由さえ奪えりゃどう縛ったって勝手だろ?

……と、当方みたいな野暮天はついつい思ってしまうのですが……
いやいやいや!
そこでわざわざマニアックな工夫を凝らしてしまう辺りに、江戸っ子の粋(イキ)とか遊び心(アスビゴコロ)とかが表れ出てるんでしょうなあ。




……多分。




とまれ上記の引用文のうち、弊ブログ的に注目しなけりゃならんのは



>「稚児縄」



という箇所でありましょう。

当方、日頃よりそれがどんな縛り方であるか気になっていたのですが、先日ついにその詳細を見つけました。
さあさ以下の図版にご注目!










a0267818_1223339.jpg

(耽美雑誌の泰斗『June』の1979年8月号より転載)



ううむ、なかなかにS属性を刺激する縛り方ではありますな!
もしどなたか江戸を舞台にしたエロショタ本を描こうと思っている方がいらっしゃれば、是非ご参考に!






それにしても。
あくまで犯人の職業や社会的身分を判別することのみを目的として、細かいルールを決めていたのかと思いきや。
顔とナリを一目見ればすぐに分かる「少年」や「女」という立場にまで専用の緊縛法を用意するとは……



江戸の法曹界、マジ変態。


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# by hihonsyudo | 2009-01-22 23:00 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)
謹賀新年!

いやー、明けましたね。

うん、明けた明けた。


つーわけで、今年もよろしくお願い致します。




冬コミに来て下さった方々、まことにありがとうございました。

「ワハハ何よこれ!」「へえ、こんなモノがあったのか!」という珍奇の視線こそ、我が最大の喜びであります。


エロ古典トーク楽しかったー!


あと、外国人の方に「Oh,Syudo? Waaaao!」と驚かれたことにも驚いた。

すげぇな、「Syudo」って世界の合言葉なのか!?




次回の参加イベントは……3月のショタスクラッチですかね。

今度こそ新刊を出したいところ。


これからもどうぞよろしゅう。


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# by hihonsyudo | 2009-01-01 21:29 | 日乗 | Trackback | Comments(0)
あやしき家持

奈良時代を代表する歌人と言えば、まず真っ先に挙げられるのが大伴家持(718-785)ですね。

『万葉集』に収められた全4516首のうち、家持の作品は473首にも及びます。

また、他の人から家持に向けて捧げられた歌も多数収録されており、当時の歌壇におけるボス的な存在だったことをうかがわせます。

っつーか、『万葉集』を編纂したのは家持その人だと言われてるんですけどね。


あ、名前を「イエモチ」と読む人がいますが、「ヤカモチ」が正しいですよ念のため。


そんな「ミスター和歌」の家持さん、どうにも腐的に深読みしたくなる歌をいくつか遺しています。

特に『万葉集』の第四巻、つまり「相聞(したしみ)」をテーマとする歌を集めた巻がヤバい。



まず、「大伴宿禰家持が交遊(とも)と久しく別るる歌」として紹介されている三首。



けだしくも人の中言聞かせかもここだく待てど君が来まさぬ


中々に絶ゆとし言はばかくばかり生(いき)の緒にして吾(あ)が恋ひめやも


思ふらむ人にあらなくにねもごろに心尽して恋ふる我かも


それぞれ意訳すると、


「たぶん、何者かに私の悪口を吹き込まれたのだろうな。いくら待っても、君が来てくれない」


「もう別れたいのなら、はっきりサヨウナラと言ってくれ! こんなダラダラした関係を続けてるせいで、愛しさのあまり息が詰まりそうだ」


「君にとって、私の存在などアウトオブ眼中だということは知っている。それでも、君のことが忘れられないんだ大好きなんだああああああああ!」



ええと……これ、本当にただの「交遊」関係の歌?

どう見ても修羅場っつーか、ドロドロした昼ドラ的な情景が目に浮かんでしまうんですが!






あと、家持が「藤原久須麻呂」なる人物に贈った歌として、以下の五首があります。



春の雨はいやしき降るに梅の花いまだ咲かなくいと若みかも


夢のごと思ほゆるかも愛(は)しきやし君が使の数多(まね)く通へば


うら若み花咲き難き梅を植ゑて人の言しげみ思ひそ吾(あ)がする


心ぐく思ほゆるかも春霞たな引く時に言の通へば


春風の音にし出なば在りさりて今ならずとも君がまにまに


意訳。


「春雨はますます降りしきっているが、梅の花はまだ咲かない。木が若すぎるせいだろうか」


「まるで夢のようだ! 愛しくてたまらない君が、こんなにも頻繁に使者を送ってくるなんて」


「まだ若く、咲く時期に至らない梅を植えた。人の噂がウザくて、悩み中」


「なんかモヤモヤした気分になるなあ。春霞がたなびく頃に便りをもらうと」


「今すぐと言うわけにはいかない。が、もし春風に乗って噂が広まり、この関係が世間に知られるようになったなら。その時は、君の思うがままにすればいい」



『岩波古典文学体系』では、第一首と第三首に出てくる「若い梅」=「家持の娘」だという説をとっています。

つまり「お宅のお嬢さんを僕に下さい!」と頭を下げてきた久須麻呂に対し、「いやあ、ウチの子はまだ適齢期じゃないよ?」と、やんわりお断りの言葉をつきつけている……みたいな解釈でしょうか。


ぬう、個人的にゃあんまりしっくりしない説だなあ。

だいたい第二首で「愛しきやし君」という言い方をしていますが、これは最上級の好意表現です。

もう、好きで好きでしょうがねぇ!っつー感じ。

しかも、向こうから使者が来ることを「夢のごと思ほるかも」とまで言っている。

娘を嫁がせる気になれない相手に、ここまでベタベタしたご機嫌取りをする必要があるのでしょうか?


801脳の持ち主としては、やっぱりここで「家持×久須麻呂」フラグを立てざるを得ない。


そして江戸時代にも、私と同様の考えを持つ大学者がいた!


その名は契沖(1640-1701)!


彼は自著『万葉代匠記』の中で、「久須麻呂が美少年だったから、家持が惚れちまったんだろ常考」という旨を述べています。

久須麻呂が本当に美少年だったという証拠はどこにもないのですが、とにかく万葉集研究の第一人者(当時)がそう言っているのです。

乙女ローダー(road+er)なら無条件で信じるしかない!





ま、家持は異性相手にもラヴい歌を詠みまくってるんですけどね。

とりあえず、ここでは「両刀!」っつーことで(勝手に)結論とします。







年内における弊ブログの更新は、以上で最後になります。

ちと早い気もしますが、『万葉集』のラストを〆る家持の歌を引用して、来年が良い年になるよう祈りたく。


新しき年の初めの初春の今日降る雪のいや重(し)け吉事(よごと)


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# by hihonsyudo | 2008-12-26 20:45 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)
さらにディープな知識を求めて

個人的ブックマークです。

突発的に増えたり減ったりします。



☆教養 


 ○国史国文同人検索


 ○梅色夜話


 ○裏長屋


 ○吟画亭ぶろぐ 


 ○ショタやおい雑記


 ○古典的奈良漬


 ○まさに外宮!  


 ○メディアコンテンツ研究会



☆創作(小説)


 ○小説家サー・トーマスの隠された秘密の小屋



☆創作(イラスト・漫画)


 ○怪作戦


 ○湯けむり金魚



☆同人誌印刷


 ○ポプルス


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# by hihonsyudo | 2008-12-18 21:35 | リンク集 | Trackback | Comments(0)
いにしえローション

江戸時代の男色本を読んでいると、しょっちゅう「通和散」なる単語に出会います。
何のことかと言えば、ずばり潤滑剤のことです。


肛門という部位は、出口であって入口ではない。
よって内部のモノを外へ放出するのは易くとも、逆に外部から欲棒をズブリ突っ込むなんて所業は、構造上なかなかに難しい。
そこで発明されたのが、件の「通和散」というわけ。
いつ頃から存在するものなのかは不勉強にして知りませんが、とにかく17世紀の前半頃には、すでに「合体の友」として広く愛用されていたようです。


当時のエロ教養本『枕文庫』によれば、その製法は以下の通り。



「鶏卵十ヶ但し黄身を去る。葛粉十匁、右にふのり(注・障子張りなどに使われる糊の一種)を加えすこし濃くしき、紙へのべ、いくへんもいくへんも干ては付るなり」



つまり、ヌルヌルした材料ばかりを混ぜ合わせてドロドロした液体をつくり、それを濃い目に漉して、さらに紙に塗っては乾かすという作業を何度も繰り返すわけです。
ぬう、なかなか手間がかかる。


ちなみに使い方は……



「紙を噛み味へば糊落ちて口中に満ちるなり」



唾と一緒に混ぜ合わせれば、天然成分100パーセントのローションに早代わり!
まったく、昔の人の知恵はすげぇや!
最初にこれを作った人は相当のヒマ人……もとい発明の天才ですね。
ものづくり民族ジャパニーズの面目躍如、と言ったところか。






もののついで。
漢名を「黄蜀葵」という植物をご存知でしょうか?
根から糊状の液体が取れることから、日本じゃ「トロロアオイ」と名付けられました。
で、そのトロロアオイは別名を「通和散」とも言うのですが……

どうしてそう呼ばれるようになったのかは、まあ想像がつきますよね?


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# by hihonsyudo | 2008-12-08 22:43 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)