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秘本衆道会
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さらにディープな知識を求めて

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# by hihonsyudo | 2008-12-18 21:35 | リンク集 | Trackback | Comments(0)
いにしえローション

江戸時代の男色本を読んでいると、しょっちゅう「通和散」なる単語に出会います。
何のことかと言えば、ずばり潤滑剤のことです。


肛門という部位は、出口であって入口ではない。
よって内部のモノを外へ放出するのは易くとも、逆に外部から欲棒をズブリ突っ込むなんて所業は、構造上なかなかに難しい。
そこで発明されたのが、件の「通和散」というわけ。
いつ頃から存在するものなのかは不勉強にして知りませんが、とにかく17世紀の前半頃には、すでに「合体の友」として広く愛用されていたようです。


当時のエロ教養本『枕文庫』によれば、その製法は以下の通り。



「鶏卵十ヶ但し黄身を去る。葛粉十匁、右にふのり(注・障子張りなどに使われる糊の一種)を加えすこし濃くしき、紙へのべ、いくへんもいくへんも干ては付るなり」



つまり、ヌルヌルした材料ばかりを混ぜ合わせてドロドロした液体をつくり、それを濃い目に漉して、さらに紙に塗っては乾かすという作業を何度も繰り返すわけです。
ぬう、なかなか手間がかかる。


ちなみに使い方は……



「紙を噛み味へば糊落ちて口中に満ちるなり」



唾と一緒に混ぜ合わせれば、天然成分100パーセントのローションに早代わり!
まったく、昔の人の知恵はすげぇや!
最初にこれを作った人は相当のヒマ人……もとい発明の天才ですね。
ものづくり民族ジャパニーズの面目躍如、と言ったところか。






もののついで。
漢名を「黄蜀葵」という植物をご存知でしょうか?
根から糊状の液体が取れることから、日本じゃ「トロロアオイ」と名付けられました。
で、そのトロロアオイは別名を「通和散」とも言うのですが……

どうしてそう呼ばれるようになったのかは、まあ想像がつきますよね?


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# by hihonsyudo | 2008-12-08 22:43 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)
スキャンダラス☆平安京

『古事談』って本がありまして。

以下、wikipedia『古事談』項 より解説を引用します。



天皇を始めとする貴人に関しても憚らずその秘事を暴き、正史とは別世界の人間性あふれる王朝史を展開している。あまりな醜聞暴露に恐れをなしたためか、称徳 と道鏡 、宇多 と京極御息所 、花山 と馬内侍らの淫猥な説話を削った略本もある。天皇・貴族・僧の世界の珍談・秘話集。



と、いうわけで大変に面白い内容。

もちろん、男色関係のエピソードもいくつか載ってます。

例えば源長季(ながすえ)という人物については、



長季は宇治殿の若気なり



だと断言しております。

あ、「宇治殿」ってのは藤原道長の子である頼道のことで、「若気(にやけ)」とはつまり、えーとアレだアレ、実に仲睦まじい関係だったってことですね。


また、同じ源氏の隆国は、後冷泉天皇のご寵愛を受けており……



隆国卿、頭として、御装束に奉仕す。先に主上の御玉茎を探り奉るに、主上、隆国の冠を打ち落とさしめ給ふ。敢へて事と為さずしてもとどりを放ちて候ふ。是れ毎度のことなり。


聞きましたか奥さん!

天皇が着替える時にはいつも傍に居て、しかも「御玉茎を探り奉る」ほどの仲だったんですってよムホホホ!

また、天皇に「冠を打ち落と」されたとも書いてありますが、これまたかなりヤバい戯れ方です。

当時の貴族にとって、人前で冠を取って髷を見せることは、とんでもなく恥ずかしいこととされていたのですから(今で言うなら、パンツを脱がされて下半身を露出するようなもの)。

一種の羞恥プレイですかね?



平安中期~後期にかけ、宮中の風紀は乱れに乱れました。

貴族たちはデカダンな生活に溺れ、妖しいスキャンダルが毎日のように飛び交う始末。

その結果として生まれた『古事談』は、当方お気に入りの一冊なんであります。

やんごとなき御方だってにんげんだもの、ホモ行為にだって及ぶさ!



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# by hihonsyudo | 2008-11-23 21:17 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)
松尾芭蕉ホモ説

『悪党芭蕉』なる本を書いた嵐山光三郎をはじめ、生涯通じて独身だった俳諧マスターに対し「そういう疑惑」を寄せる御仁は結構多いようで。

そりゃまあ、文学的才能あふれる若い衆を周囲にはべらせ、さらに男弟子と二人連れで長い旅に出ちゃうような人には、池袋系オタならずとも腐った期待を抱かずにはいられないのかもしれませんな。


しかし、そいつぁ所詮は推論の上に成り立っている説。

実際のところどうだったのかについては、タイムマシンでも発明されない限り確かめようのない歴史のミステリーなんであります。


ただ。

芭蕉が30代前半の頃に出した処女句集『貝おほい』に、以下のような一作が収められているというのも事実でして。



我も昔は衆道好きのひが耳にや

(注:「ひが耳」とは「ひがみ=僻み」の意)



芭蕉の生きた17世紀の日本では、一部に「男が(性的な意味で)男に惚れる」ことを美徳とする気風が蔓延していました。

また、10代の少年が色を売る施設も多く在りました。

よって風流人たる芭蕉が、一時の興味関心あるいは気の迷いからショタ趣味に走っていた可能性は十分に考えられます。


「あはれ」の美学を追求する若き日の俳聖が、ひと時の浪漫を求めて陰間茶屋の門をくぐる……


そんなワンシーンを勝手に妄想することも、歴史・古典を学ぶ楽しみのひとつです(断言)!




余談。

芭蕉の師である北村季吟は、男同士の恋愛歌ばかりを集めた『岩つつじ』という本を編纂しています。



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# by hihonsyudo | 2008-11-08 22:33 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)
偉大な先人・岩田準一

日本ホモショタ文学研究の第一人者と言えば、まず岩田準一御大の名前が挙げられるでしょう。

ウィキペディア‐「岩田準一」項リンク

たぶん、日本史上もっとも同性愛研究に情熱と労力を注いだ人です。


時代を代表する文化人たちと交流があり、また彼自身も高い教養と多彩な才能を持つ人物だったわけですが、その業績は特に『本朝男色考』および『男色文献書誌』の二大著書をもって名高い。


『本朝男色考』は、数多くの文献証拠をもとに日本における男色の歴史をまとめたものです。
文章は平易で論旨も分かりやすく、これだけ読んでおけば誰でもひとかどのホモ博士になれます。
いやあ、まさか日本初の男×男カップルを『日本書紀』の中に見出すことができたとは!


『男色文献書誌』は、ホモとかショタとかについて一行でも記述がある本を片っ端から網羅してしまったリスト。
遥か昔の平安時代から、つい最近の昭和初期まで、その数なんと1093冊

よくもまあこれだけ見つけてきたものだと感動感服しますです。


上記二つの名著は、幸いにして今も合本というかたちで読むことができます。

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この道に興味の有る方なら大いに知的満足を得られること請け合いの名著ですんで、ぜひ一家に一冊!



余談。
ウィキペディアでも触れられていますが、彼の孫である岩田準子氏は相当の腐女子らしく、「自分の祖父×江戸川乱歩」の801小説を書いたりしています。
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ぬははは。


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# by hihonsyudo | 2008-11-03 21:16 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)