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秘本衆道会
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“NOH-GAKU CULTURE”

NAMBLA 、という組織をご存知でしょうか。

もしご存知なら、あなたはよっぽどの好事家オアよっぽどの危険人物のどちらかに違いありません。


その活動理念を簡単にまとめると……



「リアル三次元で、かわいい少年とイチャイチャラブラブしたい!」



ってなこってす。

もちろん、構成員は成人男性ばかりです。


彼らの凄いところは、その理想をただの夢物語で終わらせようとせず、実現のために政治的な活動を行っている点にあります。

児童ポルノへの白眼視が厳しく、ローティーンに色目を使うような野郎は即座に「病人」か「犯罪者」だと決め付けられてしまう国に生きながら、


「大人の男×少年カップルを法律で認めろ!」


と堂々主張してはばからぬ姿勢には、単なるHENTAIの枠を超えた一種の清々しさすら感じられます。


でも悲しいかな……

アメリカ本国じゃ、やっぱり嫌われまくっているみたいです。


当方、以前とある洋書屋さんに、NAMBLAの出版物を取り寄せることができるかどうか打診したことがあるのですが……

帰ってきた返事は、「今のご時勢じゃ絶対無理!」とのことでしたヌハハハ。






さて。

そんな逆風に負けることなくストロング・リビドー・スタイルを貫く男たちが、ヂパングの古き衆道文化に注目するのは到って当然の成り行きでありまして。


NAMBLA公式サイト内には、


Japanese Romance--A Book Review of The House of Kanze


と題されたコンテンツがあります。

読んで字の如く、“Nobuku Albery”なる人物が書いた“The House of Kanze”という本のレビューです。


「ザ・ハウス・オブ・カンゼ」ってのは、つまり観世流のことですね。

当方未読の一冊でありますが、まあタイトルからして能楽の歴史について色々と書いてあるんだろうなー……っつーことは容易に想像がつきます。



で。

観世流の二代目・世阿弥は、歴史の教科書的には「能楽の大成者」として知られていますが、同時に、室町期を代表する美少年でもあったりします。

彼はその美貌と芸才をもって、数多くのデカダン貴族どもをメロメロにするわけですが、その魅力については、時の関白たる二条良基が下記のように語っています。



「わか芸能は中々申におよばず、鞠・連歌などさえ堪能には、ただ物にあらず。なによりも又、かほたちふり風情ほけほけとして、しかも、けなわけに候。かかる名童候へしともおぼへず候」


(以上、良基から東大寺尊勝院に宛てた書状より抜粋)



上記を意訳すると、


「ダンスの才能は言わずもがな、蹴鞠や和歌の腕前もパねえっす! つーかそれ以上に、あの顔と立ち振る舞いの美しさにゃ思わずクラッときちまったぜ。それでいて性格も健気とか……マジやべえ! こんなウルトラメガパーフェクト美少年がリアルに存在するなんて、ちょっと信じられないんですけど!」


みたいな感じですか。


この文章には、さらに続きがあります。

そこで良基は、ショタ世阿弥の美しさを紫の上(in『源氏物語』)や楊貴妃と比較して褒め倒し、それから、



「将軍さま賞玩せられ候も、ことはりとこそおぼえ候へ」



と、ひとり納得します。


そう。

世阿弥がサロンの寵児として成り上がれたのは、時の足利将軍である義満が強力にバックアップしたからこそ!です。


また、当時の上流階級の間に少年愛が流行していたことを考えると、世阿弥・義満の関係はただの「アーティスト対パトロン」の図式のみに終わることなく、同時に「恋人の契り」も結んでいたであろうことは……

ほぼ疑いのないところ。






そんなこんなで。

”Zeami”  と “Shogun” の関係は、上掲したNAMBLAの記事中においても、「これって、歴史において最も大成功したリアルBLじゃね?」と大絶賛されています。


現代アメリカの常識に比べて540度ぐらい転回した、この「東洋の神秘」に感動したNAMBLAの人は、最終的に次のように喝破します。


We need to look beyond the confines of "Western Civilization" to broaden the scope of our definition of what a man/boy relationship can be.


(我々は、狭っ苦しい「西洋文明」の範囲内にばかり閉じこもってばかりいてはいかん! 「大人×少年」というカップリングのあり方について、もっと広い視野を持たなきゃならんのであーる!)






まこと、人間の倫理や道徳なんてぇものは、時代や地域が変わればガラリと様相を異にするものです。


当方はNAMBLAの活動を全面的に支持するものではありませんが、それでも「現代の常識」すなわち「全時代の全人類を統べる真理」だと思い込んでしまう傲慢さに陥らぬためにも、彼らの主張はある程度聴いておくべきだと思っております。



果たして将来、我ら日本人が忘れ去った「美学」が、北米に復活することがあるのでしょうか?



万一億一兆一、もしNAMBLA必死の努力が結実してアメリカがショタコン大国に変貌したとしたら。

その善悪はさておき、とりあえず……すげぇエキサイティングだよなあ!っと。





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# by hihonsyudo | 2010-03-09 22:35 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)
『BL新日本史』の爪痕

しつこいようですが、『BL新日本史』 とは嘘と妄想を主原料として成り立っている書です。


しかるに、


「手軽に面白く歴史を学べる一冊です! おすすめ!」


みたいな評価を、ネット上に多く見出すことが出来る現状は、当方にとってマジ残念なことです。





あまつさえ。


「ゲイ・リブ」をテーマとするゲイライフ・ジャパンなるサイトがあるんですが、その中のコンテンツ



『同性愛の日本史(前編)』



でも、その内容がほぼ丸っきり信じ込まれているたぁ……


やるせない限りですな、全く。



上掲サイトで語られる内容は、ほぼ『BL新日本史』の引き写しです。

その作者は、『BL新日本史』について




もしかしたら、面白く読ませるために多少の脚色を施してある部分もあるかもしれませんが、大筋は史実です(文献や史料が豊富に提示してありますので、興味のある方はぜひ熟読してみてください)



なんてことを言います。

もちろん、それは不正解です。

あの本の場合は、「大筋は脚色で、そこに多少の史実が混じっている」というのが実際。


「脚色」が存在する可能性に気づいたのなら、ちゃんとその中身を史実と照らし合わせる手間を惜しむべきではなかった。


『BL新日本史』が提示する「文献や史料」を、自分の目で確認しておくべきだった。


そうすれば、『BL新日本史』がいかに強引で、なおかつ恣意的な論理に満ちているかがはっきりしたはず。




『同性愛の日本史(前編)』は、またこういうことも言います。




有名な空海や信長や家光だけではなく、中大兄皇子も藤原鎌足も大伴家持も後白河院も後鳥羽院も兼好法師も足利将軍も戦国武将も徳川将軍も西郷隆盛も、みんな男色を経験していました。そのことは、僕らにある種の自信や勇気を与えてくれます。何かの時に「家康や秀吉や、あの西郷さんだってそうだった」と言えたら、ちょっとうれしいですよね。




上記に上げられている有名人たちの中には、「男色の趣味があった」という裏づけがきちんと残っている者と、そうでない者が混淆しています。

にも関わらず、ろくに傍証を挙げることもできないまま、無邪気に「みんなゲイ!」だと広言してしまうのは、ちょっと……


言う側としては、歴史上に多くの同類を見つけたつもりになれて「ちょっとうれしい」かもしれないですが、後世の不勉強な人間によって勝手に性嗜好を決め付けられる死者たち、および真面目な歴史研究者の側としては……迷惑以外の何物でもありませんよ。






繰り返しになりますが、『同性愛の日本史』の内容は『BL新日本史』の要約に過ぎないんで、やっぱり同様の大間違いが連発されています。

以下、とりあえず目立った箇所を完結に訂正していきます。





あの「大化の改新」の中大兄皇子藤原鎌足は、おたがいに愛し合っていました。江戸の国学者・小山田與清が、二人の間には「菊の契り」があったと言っています。


小山田説は完全なる「想像の産物」であり、それを証明できる史料は存在しません。







もともと仏教では「女犯」=女性と交わることを厳しく戒律で取り締まっていた一方、男色に関しては何も禁じていなかったのです


『往生要集』 が描写する地獄の中には、「男色者が落ちる地獄」というものも存在しています。







源義経弁慶が恋愛関係にあったことはよく知られています。『義経記』には、義経が女装の美童として描かれていますが、弁慶はその姿にいっぺんで悩殺されたのです。


『平家物語』には、男色文化の化身とも言うべき、美しく雅な青年・平敦盛が登場します。明け方、敦盛の吹く笛の音を聞き、武蔵の荒武者、熊谷直実は「そんな雅な武者は見たことがない」と感動します。



『義経記』および『平家物語』は、「歴史の記録」ではなく「歴史に取材した創作物語(フィクション)」です。

そこに登場する「義経」や「弁慶」や「敦盛」や「直実」は、実在の同名人物と同じものではありません。







ついでなんで、「後半」 にもサッと目を通してみます。




上杉謙信は美少年をたくさん侍らせていました。昨年の大河ドラマの主人公・直江兼続が最愛の人だったことは有名です。



「謙信×兼続」を史実たらしめる記録は、どこにもありません。

むしろ史書を丁寧に調べていくなら、在命中の謙信と兼続が会った可能性は低いことが分かります。

この意見 もご参考のこと。







唇を間接的に触れる茶道の回し飲みは「他人ではなくなる」ための儀式だ、と熊倉功夫氏は『茶の湯の歴史』で指摘しています。茶の湯とはセクシャルな行為なのです。南方熊楠は自著で「目のさめるような美少年が目の前にいたが、相手が皇族だったため、茶の湯だけで満足した」という記述を残しています。それは、男色の代償行為だったのです。


俎上に登っている熊倉先生の本にも、熊楠先生の書簡にも、「茶の湯とはセクシャルな行為」だなどとは一言も書いてありません。

これは『BL新日本史』著者の(恐らくは意図的な)誤読に基づく、虚妄の見解です。







明治末期~大正時代になると、欧米志向(キリスト教に基づく思想)の影響の下、同性愛は「性的倒錯」「変態性欲」と言われ、急速に衰退していきます。


千年もの長きにわたって花開いた男色文化の伝統は、維新革命以降、次第に「変態」扱いされ、貶められ、隠蔽されていったのです。


同性愛を「天の理に反する悪徳」として断罪する言説は、維新期になってから急に登場したものではありません。

確かに、国文学史上にゃ同性愛を美徳と歌い上げる書は多いのですが、その正反対の主張をしている本もまた、少なからず見出せます(手前味噌ながら、一例 )。







とまあ……以上、調査不足や勘違いに起因する誤謬を「どや!」とばかりに堂々提示する態度もまた、『BL新日本史』と同様ですね。


正直、コピー・ペーストを繰り返しているだけでムカムカを禁じえない。



この作者は、きっと「市井のゲイ理解を深めたい!」という大目的をもってこのような文章を書いたのでしょうが……

はっきり言って、逆効果ですよな。


むしろ、


「あーあーこういう読むに耐えない理屈を振り回すから、リブカマってのはキモいんだよなー」


というゲイフォビアを煽り立てるだけかと。



たった一冊の、しかも俗臭にまみれすぎている本を読んだだけで、長い歴史の全てを展望しきれるわけがないんです。

中途半端かつ付け焼刃の理論武装ほど、迷惑なものはない……という一幕でありました。





あ、でも、


この本の著者が「現代のゲイには精神性が無い」と言外に匂わすのは、きっとリアルなゲイの姿を知らないせいにちがいありません。


年端もいかない少年と性的関係を持つことの問題というのが全く顧みられていないわけですから(具体的にどのような性的行為が行われていたのかはわかりませんが)、「あの時代はよかった」などとは迂闊に言えません。


この2つの意見にだけは同意します。




そして、かくも「迂闊」な言説に騙される人を、これ以上増やしてはいかん!とも思います。


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# by hihonsyudo | 2010-02-21 22:20 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)
「元祖ゲイ=弘法大師」説

 「男色の戯れは弘法以来のことなり」という。「弘法」とは弘法大使、つまり、空海がゲイの元祖だというのだ。


 空海ファン(?)が聞いたら怒り出すかもしれないが、江戸の儒学者で本草学者だった貝原益軒がいったことだ。


 空海は八百四年、中国(唐)に留学し、その二年後に新しい仏教である密教を引っさげて帰国した。このとき、日本になかった新しいゲイ・カルチャーまで持ち帰ったということらしい。


 当時の唐の都長安では、ゲイ風俗が大流行しており、男娼もたくさんいた。日本から唐に渡った空海ら留学僧たちは、これこそ最先端のカルチャーだと感激して、こぞってゲイ・ボーイと遊んだのであろう。




以上は、先日ちょっと文句を付けた(そして次回以降のイベントで、その内容を批判しまくる本を頒布する予定の)『BL新日本史』から引用したものです。


ここに書いてあるのは、『BL新日本史』著者の完全な想像であり、実際に空海がそのような「遊び」になずんでいたのかどうかは不明です。


しかし、これと同様の想像をする人間は、江戸時代にも大勢いました。


詳しい事については、弘法大師と衆道 という素晴らしいサイト様をご参照されたし。

「日本における衆道の歴史は、弘法大師によって開かれた!」という旨の文章IN浮世草紙が、ものすごい勢いで蒐集されています。



重ねて強調しますが、「元祖ゲイ=空海」説は……


「俗説」であって「史実」ではありません!




昔の戯作者たちは、これをさも「知ってて当然の常識」であるかのごとく語っていました(もっとも、内心ではどのくらい信じていたのかは分かりませんが)。

一方で、そういう説の流布を苦々しく思う人もまた、江戸期にゃ存在しました。


例えば明和の頃(1770年前後)に書かれた、『艶道俗説弁』という書があります。


タイトルの通り、セックスに関する「俗説」や「迷信」を大量に集め、その真偽をいちいち論考していくことが目的の一冊です。


その中においても、「衆道ハ弘法より始るといふ説」は、弓削道鏡の巨根説などと並んで疑問視されています。




もうひとつ。

鹿児島地方に伝わるという秘本に、『弘法大師一巻之書』ってのがあります。

いつ頃に成立したものなのかは分かりませんが、とにかくその前書きでは、



これは、弘法大師の霊がとある薩摩人に伝えた、「衆道」の極意書である!



という由来が堂々と誇示されています。


この時点ですでに色々と怪しいのですが、とにかく本文より数行ほど引用してみます。




一、児の人指より小指まで四つ取るは、数ならねどもそなたのことのみ明け暮れ案じくらすという心なり。


一、その時児二歳の大指を一つ残してみな取るは数ならぬ私へ御執心辱く存じ奉り御志のほど承らんという心なり


一、児の人指、中指二つとるは、御噺申し上げたしという心なり




以上はおそらく、今で言うところの「手話」みたいなものなのでしょう。

夜の寝室内では、ショタ相手に直接言葉をかけず、このようなまわりくどい方法で意思を伝えるのが「作法」だったんじゃないかと。





続けて、やはり成立年代不明の『弘児聖教秘伝』なる本からの引用をご覧いただきます。




第一。

頭指、中指二つ取らば只今会はんと思ふ心なり。

中指は願、頭指は力の指と云ふ、願力なり。

また中指を忍といひ、頭指を進と云ふ。
是れ二つ忍び進むといふ心なり。また中指を火といひ、頭指を風と云ふ。火風縁として吉凶なり。


第二。

大指、小指、二つ取るは口吸はんと思ふ心なり。その故は大小対するが故に斯く心得べし。


第三。

無名指、大指、二つ取るは戒を破る心なり。
その故は無名指を戒と名づく。さて戒を空しくする故に戒を破ると心得べきなり。





はい、先に紹介した『一巻之書』とすごくよく似てますね?


ちなみに『弘児聖教秘伝』のオリジナルはすでに失われましたが、写本ならかろうじて比叡山の書庫に眠っています。

で、その原作者として伝えられているのは、空海ではなくて……



源信大師(942~1017)という人です。



どちらかがどちらかをパクったのか。

それとも、これら二書の元ネタとなった別の「奥義書」が存在するのか……


そのあたりの事情は未だはっきりしませんが、とにかく、それぞれの出自は実に胡散臭い!


で、そんな『弘法大師一巻之書』の性質を、南方熊楠先生が評していわく、



「こんな物は大抵十の八まで相似たものに御座候。実際のことにさしたる関係あるにあらず。ほんの戯作に候」



だ、そうで。

つまり、平安時代の名僧知識たちとは縁もゆかりも全く持たない何者かが、自分の書いたものに「権威(ありがたみ)」を付加すべく、そういう歴史上の有名人の名前を勝手に拝借しただけなんじゃないか説。






多分みなさんのお住まいの地域にも、弘法大師が登場する古い伝承のひとつやふたつ、きっと存在していることと思います。

例を挙げるなら……


「大師が杖を地に刺すと、その下から清水が湧き出してきた」


とか、


「大師が地に刺した杖が、そのまま成長して見事な桜の樹になった」


とか。




そういう弘法伝説をまとめたサイト・「弘法水の部屋」 様が説明することにゃ、



弘法大師にまつわる伝説は全国に5000以上,水関係だけで1600以上あります



もちろん、いかに大師が当時としては長生きの部類だったからと言って、生涯中にそれだけ多くの場所を巡ることなどできません。


また、弘法以外に「清水伝説」の由来とされた人物としては、安倍清明や歴代天皇、蓮如上人などがあるとの由。






そんなわけで、「いともたやすく行われる嘘っぽい仮託」は、本朝史上とりわけ珍しい現象ではないんだよ! という一幕でした。



最後にもう一度だけ叫ばせていただきますが、



男色の起源を空海に求める説は、想像(妄想)の産物です!



平安時代、「寺稚児への悪戯」が流行していたことは事実です。

でも、その流行の発信源が空海その人であるとまで断言するには、証拠が足りなすぎます。



どんな分野であれ、「何度も何度も耳にする説」イコール「真実」だと頭から信じこんでしまうのは危険です。

もし、ある程度真面目に男色史を調べてみようという向きがいらっしゃったら……素人の老婆心ながら、ちょいと忠告させていただきたく。


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# by hihonsyudo | 2010-02-04 21:10 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)
今年のセンター試験

古文の問題として、『恋路ゆかしき大将』が取り上げられたそうですね。


むひょひょひょひょ。


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# by hihonsyudo | 2010-01-21 22:01 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)
大正時代の怒れる男
 

 2010年あけましておめでとうございます。

 エロ古典愛好者の皆様におかれては、どうぞ今年も弊サークルをご贔屓に!




 さて、みなさんのお正月はどんな感じだったでしょうか。

 きっと家族・恋人・友人などと一緒に、それはそれは楽しい時間を過ごされたこととお慶び申し上げます。


 ちなみに当方はと言いますと……






 孤独にニコニコ動画を巡ったり古本パラパラめくってるうちに三日三晩が過ぎ去ってしまいましたヌハハハ。






 さて。

 「2ちゃんねる」をつれづれ閲覧していると、たまに以下のような定型文(いわゆるコピペ)を目にする事があります。








アマテラスは引きこもり

紫式部は腐女子

清少納言はブログ女

紀貫之はネカマ

かぐや姫はツンデレ

聖武天皇は収集ヲタで正倉院はヲタ部屋

後白河法皇は最新流行の追っかけ

秀吉はコスプレじじぃ

狂言は第一次お笑いブーム

鎌倉末期は新興宗教ブーム

戦国の茶道は萌え喫茶ブーム

江戸期に入るとエロパロ二次創作がこれでもかってぐらい溢れかえっている。

事の良し悪しは置いといて、日本人は伝統的に変態遺伝子を受け継いでいるのは事実だ。

外国人から指摘されたとしても悪びれる必要はない。

堂々と千年変態だと答えればいい。









 いささかこじつけめいているので、当方自身はこのコピペがあまり好きではありません。

 森羅万象なんでもかんでも安易な「萌え」に結びつけようとするアキバ的流行にゃ、なんとも言えぬ気味の悪さを感じる今日この頃。




 しかし一方で「堂々と千年変態だと答えればいい」という言葉の力強さに、少なからぬ感動を覚えてしまったこともまず事実。

 そしてまた、このコピペの作者が、どうしてこういう文を書きたくなったのか、その心情もある程度理解できるような気がします。




 そう。

 我々が学校で習ってきた古式ゆかしい文化・文学など、ちょっと見方を変えればすぐに「変態的」なる正体をあらわす。

 それが現在のコミケカルチャーと完全相似をなすかどうかはさておき、PTAの皆様が目くじらを立てる「有害図書」と通底するサムシングを孕んでいるのは間違いの無いところ。




 で。

 上記のような論は、いかにも全ての価値観が相対化された21世紀という時代特有のものっぽいですが……

 全く同じようなことを、100年前の時点ですでに喝破していた人物がいます。





 その名は石川厳


 近代における井原西鶴研究の第一人者として、輝かしい業績を残した碩学です。




 では、彼が編んだ『江戸時代文芸資料 第四巻』(大正5年)の前書き部分から、その熱き叫びを拾い上げてみましょう。


 (旧字は現行の漢字に改めてあります)











「由来西鶴本及び其他の好色本は、風教に害ありとして、其筋の忌諱に触れて、屡(しばしば)発行禁止の厄を蒙って居るが、果してそれ程までにして騒ぐ必要あるか否かは疑問である。おなじく風教に害ありとして、公平の眼を以て判断する時は、かの源氏物語古今著聞集の一部分、若しは大和物語等の古典にも、同じく発売禁止すべき値打は十分あると思ふ。

 殊に源氏物語は不倫の恋愛を描いて、貴族生活の退廃した裏面を暴露した淫猥極まる書である。ただその用語が古雅で而も綺麗に上品に出来て居るのみで、その描かれたる思想の如きは、江戸時代特産の好色本以上に危険な分子が多く含まれて居るではないか。一は貴族文学なるが故に、発行を許され居るのみならず、神聖なる学校の教壇にまで祭り上げられて居る。然るに西鶴一派の好色本は平民の恋愛生活を描いたが為め発売を禁止し、又は公然之を読むことさへ禁じられて居るのは、不合理極まる話ではなからうか。」













 はい、まったくもって正論すぎますね!




 彼が生きた戦前の頃は、とにかく「言論の自由」が不足しており、例えば『末摘花』や『壇ノ浦夜合戦記』みたいな楽しくてエロい古典は、軒並み禁書として扱われていました。

 今でこそ大文豪の誉れ高き西鶴すらも、当時のお上からは「低俗なもの」として扱われていたのです。

 そんな風潮にありながら、あえて憤然と上記のような反論を書き、さらに官憲どもの無粋な検閲に対して






「徒に権力を弄して、学者の研究を不自由ならしむるは不当の処置であり、我が国の文明の恥辱である。」






 とまでブチ切れた石川先生は、本当に素晴らしい知性だと思います。

 もうね、「硬骨漢」って言葉はこの人のためにあると言っても過言ではない!






 対して、現代における古典文学シーンや如何に?




 私見を申しますと……残念ながら、石川先生が憂えたような状況はまるで変わっちゃいないと思います。

 確かに今や、西鶴筆の好色草紙は全国どこの図書館でも自由に読めるようになりました。

 でもそれは、時代の移り変わりにより、西鶴が紫式部と同等の「権威」として祭り上げられるようになったからでしょう。

 決して、文科省の官僚が「あー、日本文学の真髄っつったらエロだろエロ!」という思想に目覚めたからではない。

 まして日本国民のほとんどは、そもそも『源氏物語』も『好色一代男』も読んだことがなく、しこうして「古典の変態性」に気づいていないのが実情ではないんじゃないかと。




 だから、同じ間違いは何度も繰り返される。

 大文豪様の筆による『男色大鑑』はスルッと見逃される一方、
BL本はすぐに槍玉に挙げられたりする


 同じことを書いていても、古ければOK!で、新しければダメゼッタイ!とか……




 くだらん世の中ですよ、ほんと。

 進歩のない人間ばかりが集まって、進歩のない国を作ってやがる。

 事あるごとに「最近の若者は本を読まなくなって云々……」だの「ゆとり教育の弊害で学力低下がどーしたこーした」だの抜かす年寄りどもの内に、いったい石川先生ほどの見識と気概を持つ者がどれだけいるのか?




 が、愚痴っていてばかりでは何も変わりはせぬ。


 不肖当方、智恵も知識も足りぬ凡骨の親玉ではありますが……

 せいぜい浮世の悪弊に流されぬよう、今年も力の限りに読んで、調べて、そして「低俗」な同人誌をドカドカ発行していく所存也。






 願わくばご声援あれ!


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# by hihonsyudo | 2010-01-03 19:50 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)