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秘本衆道会
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『BL新日本史』の爪痕

しつこいようですが、『BL新日本史』 とは嘘と妄想を主原料として成り立っている書です。


しかるに、


「手軽に面白く歴史を学べる一冊です! おすすめ!」


みたいな評価を、ネット上に多く見出すことが出来る現状は、当方にとってマジ残念なことです。





あまつさえ。


「ゲイ・リブ」をテーマとするゲイライフ・ジャパンなるサイトがあるんですが、その中のコンテンツ



『同性愛の日本史(前編)』



でも、その内容がほぼ丸っきり信じ込まれているたぁ……


やるせない限りですな、全く。



上掲サイトで語られる内容は、ほぼ『BL新日本史』の引き写しです。

その作者は、『BL新日本史』について




もしかしたら、面白く読ませるために多少の脚色を施してある部分もあるかもしれませんが、大筋は史実です(文献や史料が豊富に提示してありますので、興味のある方はぜひ熟読してみてください)



なんてことを言います。

もちろん、それは不正解です。

あの本の場合は、「大筋は脚色で、そこに多少の史実が混じっている」というのが実際。


「脚色」が存在する可能性に気づいたのなら、ちゃんとその中身を史実と照らし合わせる手間を惜しむべきではなかった。


『BL新日本史』が提示する「文献や史料」を、自分の目で確認しておくべきだった。


そうすれば、『BL新日本史』がいかに強引で、なおかつ恣意的な論理に満ちているかがはっきりしたはず。




『同性愛の日本史(前編)』は、またこういうことも言います。




有名な空海や信長や家光だけではなく、中大兄皇子も藤原鎌足も大伴家持も後白河院も後鳥羽院も兼好法師も足利将軍も戦国武将も徳川将軍も西郷隆盛も、みんな男色を経験していました。そのことは、僕らにある種の自信や勇気を与えてくれます。何かの時に「家康や秀吉や、あの西郷さんだってそうだった」と言えたら、ちょっとうれしいですよね。




上記に上げられている有名人たちの中には、「男色の趣味があった」という裏づけがきちんと残っている者と、そうでない者が混淆しています。

にも関わらず、ろくに傍証を挙げることもできないまま、無邪気に「みんなゲイ!」だと広言してしまうのは、ちょっと……


言う側としては、歴史上に多くの同類を見つけたつもりになれて「ちょっとうれしい」かもしれないですが、後世の不勉強な人間によって勝手に性嗜好を決め付けられる死者たち、および真面目な歴史研究者の側としては……迷惑以外の何物でもありませんよ。






繰り返しになりますが、『同性愛の日本史』の内容は『BL新日本史』の要約に過ぎないんで、やっぱり同様の大間違いが連発されています。

以下、とりあえず目立った箇所を完結に訂正していきます。





あの「大化の改新」の中大兄皇子藤原鎌足は、おたがいに愛し合っていました。江戸の国学者・小山田與清が、二人の間には「菊の契り」があったと言っています。


小山田説は完全なる「想像の産物」であり、それを証明できる史料は存在しません。







もともと仏教では「女犯」=女性と交わることを厳しく戒律で取り締まっていた一方、男色に関しては何も禁じていなかったのです


『往生要集』 が描写する地獄の中には、「男色者が落ちる地獄」というものも存在しています。







源義経弁慶が恋愛関係にあったことはよく知られています。『義経記』には、義経が女装の美童として描かれていますが、弁慶はその姿にいっぺんで悩殺されたのです。


『平家物語』には、男色文化の化身とも言うべき、美しく雅な青年・平敦盛が登場します。明け方、敦盛の吹く笛の音を聞き、武蔵の荒武者、熊谷直実は「そんな雅な武者は見たことがない」と感動します。



『義経記』および『平家物語』は、「歴史の記録」ではなく「歴史に取材した創作物語(フィクション)」です。

そこに登場する「義経」や「弁慶」や「敦盛」や「直実」は、実在の同名人物と同じものではありません。







ついでなんで、「後半」 にもサッと目を通してみます。




上杉謙信は美少年をたくさん侍らせていました。昨年の大河ドラマの主人公・直江兼続が最愛の人だったことは有名です。



「謙信×兼続」を史実たらしめる記録は、どこにもありません。

むしろ史書を丁寧に調べていくなら、在命中の謙信と兼続が会った可能性は低いことが分かります。

この意見 もご参考のこと。







唇を間接的に触れる茶道の回し飲みは「他人ではなくなる」ための儀式だ、と熊倉功夫氏は『茶の湯の歴史』で指摘しています。茶の湯とはセクシャルな行為なのです。南方熊楠は自著で「目のさめるような美少年が目の前にいたが、相手が皇族だったため、茶の湯だけで満足した」という記述を残しています。それは、男色の代償行為だったのです。


俎上に登っている熊倉先生の本にも、熊楠先生の書簡にも、「茶の湯とはセクシャルな行為」だなどとは一言も書いてありません。

これは『BL新日本史』著者の(恐らくは意図的な)誤読に基づく、虚妄の見解です。







明治末期~大正時代になると、欧米志向(キリスト教に基づく思想)の影響の下、同性愛は「性的倒錯」「変態性欲」と言われ、急速に衰退していきます。


千年もの長きにわたって花開いた男色文化の伝統は、維新革命以降、次第に「変態」扱いされ、貶められ、隠蔽されていったのです。


同性愛を「天の理に反する悪徳」として断罪する言説は、維新期になってから急に登場したものではありません。

確かに、国文学史上にゃ同性愛を美徳と歌い上げる書は多いのですが、その正反対の主張をしている本もまた、少なからず見出せます(手前味噌ながら、一例 )。







とまあ……以上、調査不足や勘違いに起因する誤謬を「どや!」とばかりに堂々提示する態度もまた、『BL新日本史』と同様ですね。


正直、コピー・ペーストを繰り返しているだけでムカムカを禁じえない。



この作者は、きっと「市井のゲイ理解を深めたい!」という大目的をもってこのような文章を書いたのでしょうが……

はっきり言って、逆効果ですよな。


むしろ、


「あーあーこういう読むに耐えない理屈を振り回すから、リブカマってのはキモいんだよなー」


というゲイフォビアを煽り立てるだけかと。



たった一冊の、しかも俗臭にまみれすぎている本を読んだだけで、長い歴史の全てを展望しきれるわけがないんです。

中途半端かつ付け焼刃の理論武装ほど、迷惑なものはない……という一幕でありました。





あ、でも、


この本の著者が「現代のゲイには精神性が無い」と言外に匂わすのは、きっとリアルなゲイの姿を知らないせいにちがいありません。


年端もいかない少年と性的関係を持つことの問題というのが全く顧みられていないわけですから(具体的にどのような性的行為が行われていたのかはわかりませんが)、「あの時代はよかった」などとは迂闊に言えません。


この2つの意見にだけは同意します。




そして、かくも「迂闊」な言説に騙される人を、これ以上増やしてはいかん!とも思います。


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by hihonsyudo | 2010-02-21 22:20 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)
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