ブログトップ
秘本衆道会
hihonsyudo.exblog.jp
「聖地巡礼」の元祖

ついに!

ついについについに!


10月30日、すなわち今週土曜日に『けいおん!』聖地イベント が開催されます。


アニメの舞台そのままの建造物の中で、アニメの同人誌を売買するたぁ……

参加者こぞって法悦境、大変に幸福度の高いイベントでありますです。

よくぞオタクに生まれけり!


あたしゃ残念ながら行けませんけど、『けいおん!』を愛するファンの皆様におかれましては


「いつまでも放課後! ふんす!」


の覚悟で、思いっきり楽しんできていただきたく。



しかし……当日の盛り上がりに期待しまくると同時に、一抹の不安も隠せなかったり。

つまり……浮かれるあまり羽目を外しすぎて、イベント参加者のみならず地元住民の方々に大迷惑をかける輩が現われるんじゃないかと心配で心配で……

コミケなどの大規模な即売会に行くと、しょっちゅうマナーのなってねぇバカに出くわしますからなぁ……


つーかまあ、それってオタクに限った話ではありませんがね。

洋の東西、時間の古今を問わず、憧れの「聖地」で旅の恥を掻き捨てまくるキモい巡礼者ってのは……絶えず出没するもんです。


で。

そういう哀しい先例は、古代にもあったんだぜ!

っつーことをフイに思い出したので、ここにフラッと書き置くことにいたします。




イタリア史に詳しい日本人作家といやあ、何はともあれ塩野七生 先生が代表です。


その塩野先生のエッセイ『イタリア遺聞』(1982,新潮社)が伝えるところによると、4世紀ごろのローマ帝国においても「聖地巡礼」が流行していたそうです。

313年の「ミラノ勅令」によってキリスト教が公認されて以来、帝国領内では同教への関心が高まりまくり、わざわざ長期に渡る「巡礼」の旅に出かける者が増えたとかなんとか。


あ、この場合の「巡礼先」とは、もちろんイエス・キリストが活躍したイエルサレムのことです。


当時のイエルサレムじゃ、「巡礼者」を感動させたり楽しませたりするために、聖書ゆかりの名勝の数々がわざわざキッチリと復元されていました。

例えば「最後の晩餐」が行われた家なんぞも、




「昨夜イエスと弟子たちが食事したのではないかと思うぐらい当時の状況が再現されていて、長い木製のテーブルを十四の椅子が囲み、テーブルの上には、パンのかたまりとコップまで並んでいる」


(『イタリア遺聞』より引用)




という有様!

流石、パンと同じくらい「サーカス(見世物)」を重要視したローマっ子の仕事であります。


でもって。

聖書に描かれた情景を、そこまで上手く再現されてしまうと……

熱心な「信者」としては、舞い上がらざるをえない!




「最後の晩餐のイエスの坐った場所となると、ギリシア語ラテン語をはじめとする各国語の落書で埋まってしまい、聖地を管理する側としては、しばしば新しいのに換えざるをえなかったといわれる。落書だけではなかったのだ。小刀でちょっぴり木片を切りとる、不謹慎な者が多かったからである」




ぬう……そういう話って、現代オタクにとっちゃ耳に新しいものではありませんよね?


具体例を挙げれば、



諏訪大社に参拝しては、いわゆる「痛絵馬」を残しまくる東方厨!



とか。



沖田総司の墓石を削っては、無断で持ち帰る歴女!



とかさあ。


いやもう本当、歴史ってのは繰り返すもんですねえ。



そんなわけで、来る土曜日の「桜高文化祭」 に参加される皆さん!

まことにまことに、汝らに告ぐ!



汝、落書きするなかれ!


汝、盗むなかれ!


汝、コスプレしたまま会場外をうろつくなかれ!


汝、ペロペロ(^ω^)行為を妄想のみならずリアルにおいても行うなかれ絶対!



ITなんて概念の存在していない1700年前ですら、キモ信者の無作法はバッチリと記録され、そして今なお語り継がれてしまっているのです。


ゆえに!

もし豊郷で何か一大事があれば、それは輝ける『けいおん!』史の汚点としてネット上に残り続け、場合によっては『けいおん!』信者全体が未来永劫ずっと非難され続けることになるやも……


ただでさえアニオタへの白眼視が厳しいご時勢ですし、ここはひとつ、どうぞどうぞお頼み申し上げまする。










付け加え。


やはり塩野先生の著作たる『続 海の都の物語』(1981,中央公論社)によれば、15世紀のヴェネツィアにもまた、純然たる営利目的から



「聖地巡礼パック旅行」


を斡旋する業者がいたそうで。


その頃はもちろん、全ての道がローマに通ずる時代なんざとっくの昔に終わっており、イエルサレムはイスラム国家・マムルーク朝の占領下におかれています。

しかしマーケティングに長けた都市国家ヴェネツィアは、旅行者のためにマムルーク朝から通行許可証を発行してもらい、さらに「巡礼事業法」なる法律を設けることで、ツアーの安全と快適を一定以上に保つ努力を怠らなかったそうです。


もちろん、それだけの手間をかけたのは、観光事業によってもたらされる利潤が実に大きなものだったからに他なりません。


……ってなエピソードを聞くと、現在海外において企画されまくってるこんなツアー とか、あんなツアー とかを想起してしまいますよなヌヒヒ。






まとめ。

ユダヤ聖書のひとつ、『伝道の書』第1章にいわく、



日の下には新しき者あらざるなり。見よこれは新しき者なりと指して言ふべき物あるや、其は我等の前にありし世々に既に久しくありたる者なり。



うむ!

それが人間、それが歴史!



[PR]
by hihonsyudo | 2010-10-25 20:41 | 歴史・古典よもやま話 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://hihonsyudo.exblog.jp/tb/15282237
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< コミティア94終了、およびウィ... そんなロリコン律法で大丈夫か?... >>